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2015年03月01日

イタリア紀行① ~自然派(ナチュラル)とは?~

もう1年近く経ってしまいますがイタリアを訪れた時のことを思い出しながら独り言をつぶやきたいと思います。
日本からローマ、フィウミチーノ空港に降り数日間ローマをぶらぶらしました。

コロッセオやトレヴィの泉、スペイン広場に真実の口と観光スポットが盛りだくさん。
もちろんコロッセオの圧倒的な存在感に感動し、2000年以上前にこれだけのものをつくりあげてしまうローマ帝国への衝撃というか畏怖に近いものを感じたり、ただのおのぼりさんになってトレヴィの泉に意味も分からず日本の5円玉投げたり真実の口に手突っ込んで写真撮ってもらったりと(笑)一通りの観光スポットに顔出したんですが・・・




なぜか今鮮明に思い出されるのは街中の日常風景なんですね。
ここでタイトルにもつけた自然派ってなんだろうという事ですが。
私は自然派だから とか 自然派食品 だとか良く耳にします。
あまり自分はその言葉がピンときません。
人が手をかけた文明の中で服着て生きてる人間に自然も何もないというのが自分の根っこにあるからでしょう。
植物を扱う仕事をしながら自然に寄り添おうとすればするほど不自然さを感じることは良くあります。

この訪れたイタリアではその生き方にすがすがしいものを感じました。
もともと丘の街です。
それぞれの丘に違う民族が陣取り、争っていたところです。
丘と丘の間の谷間は湿地でした。
そこに紀元前から街道ができ政治的、軍事的、行政的に整備されローマへと通じていくわけですが今でも起伏がおおく便利な街とは言えない。
でも歴史の中でできたランドスケープや建物を財産と考えて誇らしげに生きている。
街中には巨大な街路樹が並んでいます。
日本では考えられない位置に。オープンカフェの真上にも。
でも管理の大変さだ倒木したらどうするだ誰の責任だ、そんなこと言う前に長い年月の中で自然と残ったものはそれ自体が街の一部であり、最初からそれを人間がどうこうしようという発想自体感じられませんでした。








その歴史をずっと見守ってきたテヴェレ河は今もこのたたずまい。


利便性やリスクを避けることだけを人の頭で考えてつくってゆく街は ’自然’ ではないですよね。
歴史の中には真実がありその土台の上に今の生活があるわけで、イタリアの空気は自分には格別でした。
なんかうまく言えないけど頭も気分もスッキリしたface02

このあと汽車に乗ってボローニャへと移動します。









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Posted by ケンさん at 16:32│Comments(0)
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