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Posted by さぽろぐ運営事務局 at

2015年03月04日

イタリア紀行② ~神の宿る地ローマと八百万の国 日本~

『ローマは一日にして成らず』という言葉は良く聞いていましたがその中身はというとはっきり理解していませんでした。
実際には主に紀元前の話であり、当時海にも面していなかったローマがなぜあの巨大な帝国を築くまでに至ったかという道程のことなんですね。
周辺の民族であるエルトリア人やギリシア人、サビーニ族やケルト族との争いだけでなく王政から共和政へと移行したのちも貴族と平民の間で長きにわたり確執が続きました。
その長い道程の中で ’ローマが神々が宿る地である’ ことを外にも内にも示すことには大きな意味がありました。

ここで今回考えたい ’神の宿る地ローマと八百万の国 日本’。
ユダヤやキリストといった一神教と違い多神教のローマには街を歩いていてもあらゆるところに神々を見かけました。







日本も多くの神が宿る八百万の国です。
神の言うことは絶対という一神教と違い、多神教にとって神は人間を正すものでも完全無欠なものでもなく、いわば’守り神’です。
そういう意味では神社に神を祀り、手を合わす日本人とローマ人は似てるのではないかと感じました。
下は去年の伊勢神宮の様子。








ところがこれらの神社は大きな問題を抱えています。
今、京都の世界遺産である下鴨神社の境内にマンションを建設するという事でニュースが大きく取り上げています。
ただこの問題はずっと昔からあることでした。
自分の祖父は莵足神社という神社の神主でした。今は父の長兄が継いでいますが、その関係でよく話を聞きました。
寺のように檀家が支えてくれるような形態でない神社はそこを維持するだけの収入源の確保が難しいんです。
国からの補助やお賽銭だけではとても間に合いません。

子供のころからずっと不思議でした。
ローマの神殿も日本の神社も長き歴史を語るその国のかけがえのない財産です。
世界中からも認められるこの日本の美しい文化をなぜ国がしっかりと守らないのか と。

世界遺産にマンションを建てるといえばほとんどの人が反対というでしょう。
でもそうせざるを得ない事情があるのも事実。
舛添さんが東京オリンピックに向けて自転車のシェアサイクルを整備したり頑張ってる。
もちろんそういう表面のインフラを整備することも大切だけど、もっと根っこにある日本の良さを誇りに持つ国でありたいと思いますよね!!

  


Posted by ケンさん at 13:51Comments(0)

2015年03月01日

イタリア紀行① ~自然派(ナチュラル)とは?~

もう1年近く経ってしまいますがイタリアを訪れた時のことを思い出しながら独り言をつぶやきたいと思います。
日本からローマ、フィウミチーノ空港に降り数日間ローマをぶらぶらしました。

コロッセオやトレヴィの泉、スペイン広場に真実の口と観光スポットが盛りだくさん。
もちろんコロッセオの圧倒的な存在感に感動し、2000年以上前にこれだけのものをつくりあげてしまうローマ帝国への衝撃というか畏怖に近いものを感じたり、ただのおのぼりさんになってトレヴィの泉に意味も分からず日本の5円玉投げたり真実の口に手突っ込んで写真撮ってもらったりと(笑)一通りの観光スポットに顔出したんですが・・・




なぜか今鮮明に思い出されるのは街中の日常風景なんですね。
ここでタイトルにもつけた自然派ってなんだろうという事ですが。
私は自然派だから とか 自然派食品 だとか良く耳にします。
あまり自分はその言葉がピンときません。
人が手をかけた文明の中で服着て生きてる人間に自然も何もないというのが自分の根っこにあるからでしょう。
植物を扱う仕事をしながら自然に寄り添おうとすればするほど不自然さを感じることは良くあります。

この訪れたイタリアではその生き方にすがすがしいものを感じました。
もともと丘の街です。
それぞれの丘に違う民族が陣取り、争っていたところです。
丘と丘の間の谷間は湿地でした。
そこに紀元前から街道ができ政治的、軍事的、行政的に整備されローマへと通じていくわけですが今でも起伏がおおく便利な街とは言えない。
でも歴史の中でできたランドスケープや建物を財産と考えて誇らしげに生きている。
街中には巨大な街路樹が並んでいます。
日本では考えられない位置に。オープンカフェの真上にも。
でも管理の大変さだ倒木したらどうするだ誰の責任だ、そんなこと言う前に長い年月の中で自然と残ったものはそれ自体が街の一部であり、最初からそれを人間がどうこうしようという発想自体感じられませんでした。








その歴史をずっと見守ってきたテヴェレ河は今もこのたたずまい。


利便性やリスクを避けることだけを人の頭で考えてつくってゆく街は ’自然’ ではないですよね。
歴史の中には真実がありその土台の上に今の生活があるわけで、イタリアの空気は自分には格別でした。
なんかうまく言えないけど頭も気分もスッキリしたface02

このあと汽車に乗ってボローニャへと移動します。







  


Posted by ケンさん at 16:32Comments(0)